自担について考える

いつかの今週のお題として掲げられていた「私のアイドル」

確か2月とかそのくらいのお題。下書きに眠らせてしまっていたので起こしてみます。

 

貴方にとっての「自担」は誰ですか?

と尋ねると「○○くん!」と直ぐに返せる方は多いと思います。

では、貴方にとっての「自担」はどんな存在ですか? 

と、いう問いはいかがでしょうか?

 

わたしの自担は5人います。

これでまず「自担は5人もいない」「それは自担ではない」

という声は聞こえます。(実際のところよく言われていました)

ということなので、ジャニオタ的哲学の一つ、

「じたん」

という概念について、自分なりの考えを書きたいと思います。

 

自担の枠は定員1名なのか?

わたしは自担のことを「特(別)に好きな人」と捉えています。

そもそも担当というのは「○○くんが好き♡」を「私は○○くん担当」という感じで、担当制になっているジャニーズ独特の言いまわしだと思っています。(推しとかは聞くよね:特に女性アイドル)

そして、その界隈には「DD」という言葉があります。

「誰でも(D)大好き(D)」の略です。

自嘲して「クソDD」ということもあります。

そもそも大好きな人は一人だよね?という通念があってこその言葉とも言えそうです。

 

自担は増やすものではなく降りるもの? 

 担当には「降りる」という行為が存在しています。

 

www.weblio.jp

まあ、好きになることを辞める。というものです。

それを宣言することも、独特のような気もします。

それだけ、好きという意思表示がはっきりしているともいえる。のかな?

 

「複数人が好き」だと一人を愛している愛に負けるのか?

ここから本題。

私は、担降り経験がなく、担当はどんどん増えていくものになっています。

しかし、担当的存在が増えていく(DD化していく)と必ず言われます。

一人を愛し続けている方が愛が大きく、その人のことをより深く思っている。と。

果たしてそうなのでしょうか?

確かに、複数人追いかけていると、金銭的にかなり負担がかかります。

これはマジです。

毎週なんかしらリリースされて、それがシングルならまだしも、

Blurayとかで、複数形態出されるとしにます。

するとどうするか。

持っている財源には限りがありますので、優先順位を付け出します。

(でも、結局なんだかんだ全部買ってる)

ここで、愛の差が生まれると(言われている)考えています。

また、テレビや雑誌等もチェックする数が多くなるので、漏れも多くなります。

これもマジです。

露出が増える時期が重なるとHDDもしにます。

するとどうするか。

持っている容量には限りがありますので、画質なども優先順位を付け出します。

(でも、結局なんだかんだなんとかなる)

ここで、愛の差が生まれると(言われている)考えています。

 

ここで、わたし個人的な話をします。

わたしは、好きな人が5人います。

ずっと嵐の櫻井くん一人を応援していましたが、だんだん増えていきました。

「担降り」という選択肢もあるのでしょうが、

新しく好きだと思える人と出会っても別に翔くんへの好きが薄くなることはなく

新しく出会った人もまた、とても魅力的で大好きだったのです。

ですから担降りという仕組みがどうしてもしっくりきませんでした.。

そしてわたしはお世辞に言ってもマメではありません。

Johnny's webに会員登録していますが、なかなか連載を読めていません。

バックナンバーが遡れなくなることも多々あります。

クセがついていないのか、開くことが少ないです。

そして、録画を忘れたりすることがあります。

これらは、櫻井くんだけが好きな時でも、です。

 

愛し方は人それぞれ

好きになったもの勝ち、楽しんだもの勝ちだと思っているので、好きな愛し方でいいのだと思います。

たった一人の好きな人のCDが買えない程の財源しか持っていなかったら?

買えない人の愛は、買える人の愛より浅いのでしょうか?

良い性能のレコーダーを持っている人の方が、深い愛を注げるのでしょうか?

それもまた違う気がしますしね。

そして「担降りブログ記事」が大好きです。

わたし自身に担降りという概念がないからこそ、「担降りブログ」がとても興味深く面白く感じる部分もあるのだと思っています。

みんなの「担当」の概念が垣間見えるところでもあるので、勉強になります。

 

貴方にとっての「自担」はどんな存在ですか? 

 

あなたがわたしにくれたもの ~櫻井翔 編~

櫻井翔くんが36歳の誕生日を迎えました。

おめでとうございます。

会話もしたことがないのに、かれこれ10年はおめでとうございますと
お祝いを(勝手に)しています。


申年で年男の翔くん。
もう「くん」とか呼べない年齢なんでしょうし、本来呼べない年齢差でもあるの
ですが
この先もずっと「翔くん」です。

せっかくのお誕生日だから、

わたしの人生にとって翔くんはどんな存在なのか

という非常に重い、そしてわたし以外にはどうでもいい、
翔くんが誕生日とか全然関係ないことを
今日の記事としようと思います。



嵐はわたしのジャニーズの礎となったグループ


私は、母や親戚の影響もあり幼いころからジャニーズをよく観ていました。
Kinki Kidsのデビュー前あたりでしょうか。
自分の波長にも合っていたのか
「なんとなく見ている」から「好きで見ている」に変わっていきました。
所謂、お茶の間層です。

歌を唄っている姿やバラエティ番組が主で
ジャニーズJr.を見る機会はほとんどありませんでした。
かろうじで山Pは知っている、くらいだったので
NEWSがデビューする時も、周りの女子たちは「なんで!9人も!!」と
紛糾していたのを「なるほどなあ」と聞いていた立場です。

中学生のころ「花より男子」が大ヒットしました。
もれなくわたしもハマりました。
母親が持っていた全巻を借り、読破。
普段、本はおろかコミックすら読まないわたしには
「ありえないっつーの」という事態でした。


ドラマもさることながら、嵐が歌っていた主題歌の「WISH」が大好きで、
CSの音楽チャンネルでMVが流れていたので録画をし、エンドレスリピート。
観過ぎてHDDデータが壊れました。


これが嵐個別認識のきっかけです。
俗に言う「花男落ち」一派の一人です。

嵐に興味を持ったきっかけが花男だったこともあって、
はじめは松本くんの画像ばかり集めていました。
眉毛凛々しいなあ、まつげ長いなあ、口元セクシーだなあ。

のはずなのに。
好きな写真を保存していたフォルダを見返すと
増えていくのは、櫻井くんと二宮くんの画像ばかり。
最終的には、櫻井くんがシェア率トップとなりました。

あまり意識したことはなかったけど、
その現実に気が付いたときに「あ、わたし翔くんのこと好きなんだ…」
気が付かないうちに抱いていた幼馴染への恋心みたいな感じ。


そこから「わたしは櫻井翔が好き!」と公言するようになった気がします。
大体2007~2008年あたりかな?

初めて行ったコンサートはAAA08。
嵐にとって初の国立競技場でのコンサート。
わたしにとっては初のジャニーズのコンサート。

こんなにもハッピーに満ち溢れていて、
ピースフルで、とても優しかった。
野外ということもあって、同じ時間を過ごしている感覚が強くあった。
ただただ、とにかく楽しかったです。

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ここで、完全に沼におちました。


自身、長い入院生活をしたり、家にいる時間が長かったこともあって
一般的なキャンパスライフや、多くの人が通るであろう道から逸れていました。
当時は「それでもいいんだよー」と言ってくれる人が、
翔くんしか居ないと思っていた節もあります(やべぇヤツ)

今、一般企業に正社員として普通に働くことができていますが、
そこまでこぎ着けたのは、あの強いエネルギーを持っている
櫻井翔をずっとみてきたから、というのも一因としてあると思っています。(や
べぇヤツ)

いま、いろんなジャニーズタレントを見たり、見に行ったりしていますが
やっぱり根底には彼がいます。

敢えて大袈裟に言いますけど、
彼を好きになったから、今の自分がありますから。

揺るがなくずっと好きだなぁと思っています。
人として尊敬していたり、憧れ?というか、凄い人。

そんなことを、36歳の誕生日の日に改めて思い返させてもらいました。


改めて、櫻井翔くん、お誕生日おめでとうございます。

2018年の目標

毎年、年始にその年に成し遂げたいことをいくつか掲げています。

数年前までは必ず10個考えていたのですが、達成率が下がることと、だんだん目標を掲げることが目標になってきて、目的を見失ってきていたり…

目標は数よりも質が大事なのですね。

 

今年はシンプルです。

 

・本を12冊以上読む(コミック除く。エッセイ可)

・学歴に関連する資格を取得する

・運転免許を取得する

・自担5人を生で見ること

・ブログを月に1度は書く

 

のいつつ。

 

本はね、本当に本を読まない人間なので。昔から。

あえてハードル低めにしてみました。今も絶賛読んでいます。

読了したら都度ブログを更新する予定です。

 

学歴に関連する資格は優先度高です。

とにかくこれが最優先です。

詳しいことも今後書いていきます。

 

運転免許は…

恥ずかしながら持っていないので、30代になる前に取得をします。

運転はしたいし、むしろ絶対好きなのに法律に認めてもらっていないので

いい加減取得したいです。

 

自担を見ることは毎年掲げています。

自担が誰か、そもそも5人も自担は存在するのかということもあるのだけど。

ここで指している5人は、堂本剛くん、櫻井翔くん、大倉忠義くん、北山宏光くん、戸塚祥太くん、です。

カウコンに参加できたので、実はおきんき以外実際に見られたんだけど

晦日(前年)のカウントになるのかなあって勝手に思っているので、今年も!

本当は、同じ板の上に5人並んでいる姿を見たいなあ…

私が入るカウコンは必ず、キンキが大阪でカウントダウンしてる。

 

ブログは言わずもがな。

書きたいことはすでに結構あります。

構想だけはあります。

 

書きます。

 

 

ということで、2018年も周りに感謝して精進する所存です。

 

 

私の言葉には余白がない。

私の言葉には余白がない。

 

 

どうでもいい話から始めるけど、

これまでブログというものを単体で開設したことがなかった。

 

学生時代、フリーレンタルサーバーが大流行しており、私も御多分に漏れず某Y社様のスペースを間借りしてファンサイトを作っていたりした。HTMLを直で打っていただけではあるが、中々の充実度だった。BBSと呼ばれる掲示板やお友達のリンク集、当然その中には「日記」というコーナーもラインアップされていて、誰が興味があるかも定かではないのに、一中高生として私情を全世界へ発信していた。

ただ、先述の通りHTMLをいじくりまわしていただけなので、もちろん掲示板や日記は別のサービスを借りていた。(正確に言えば、この時点で既にサイトに紐づいてはいるがブログを書いていたことにはなる。)

その後、mixiが大流行した。

毎日狂ったように日記を書いていた。いや、狂っていたと思う。(これも広義解釈ではブログだと思っている)

さらにmixiには「コミュニティ」というものが存在しており、コミュニティに参加するとで自分の性格や趣味、意思表示をしたり、趣味嗜好の合った人同士の交流の場となっていたり、ネット上で触れ合うにはもってこいのサービスだった。ファンサイトなどの交流もそちらに移行しつつあったのは必然だと思っていた。

 

その後、言わずもがなtwitter選手の大ブレイク。

私も登録しているし、絶賛利用中である。

 

こんな、同じ世代であれば誰もが書ける話をしたかったわけではない。

(しかも後半面倒くさくなってきて、ツイッターの説明2行で終えちゃった。)

 

 

そう。

このタイミングで何にも紐づかない単体でのブログを開設したこと。

これが何で今なのか、ということなのだけど。

 

タイミングやフィーリング。

※と言ってしまうと元も子もない&それを許さない理屈マンな性格なので、ちゃんと理由っぽいもの、用意してるアルよ。

 

私の言葉には余白がないな、と感じるのです。

そして、そのような機会が非常に多かった2017年。

言葉というものには、色・固さ・質量・速度などがあると考えていて、字面だけ見れば同じだけど、その人の性格や発するタイミングでいかようにも変わるとも思っていて。私はそのコントロールがへたくそ。とてもへたくそ。意図通りに受け取ってもらえたことの方が少ないと感じています。

 

以前のアオい私は「意図通りに受け取ってもらえなくてもいいや。わかってくれる人だけで。」というスタンスでいた。正直、基本、今もそうだ。

しかし、想いを伝えたことがきっかけで相手が苦い顔をしていたり、凹んでいる場面に直面した。相手を角の隅っこに詰めて逃げ場がないような状況。

自分自身の言葉は、我ながら良い意味でも悪い意味でも簡潔でストレート。日常会話は特にそう。面倒くさがりなので、簡単に済ませたがる。ただ、そういう真意むき出しというか、真意だけしかないような身の詰まった言葉って重いんだよね。それを豪速で投げる。

当然、相手は大けがをする。または逃げる。というか、私もそうする。

 

今までは投げたい球を投げたいときに投げられればそれでよくて、それを受け取れる人・拾ってくれる人がその言葉を気にしてくれれば、という自分本位だったことにようやく気が付いた。いや、以前から分かってたけど、見て見ぬふりをしていた。現に、誰からも拾われないという経験はしたことなかったから、危機感を持たなかったのかもしれない。

でも、自分の発した言葉で苦い顔をしている人がいる。これは、私の意図がどうとかではなく、単なる迷惑行為なのでは?と思うようになった。

 

それを解決するには。

・質量そのままに投げたいのであれば、投げ方を丁寧にする

・速度そのままに投げたいのであれば、投げる言葉を間引いて軽くしてあげる 

 

要するに、内容がどうとかというよりも、パッケージの仕方や投げる速度など、アウトプットがへたくそなんだな…そのアウトプットの練習をするにはブログはもってこいだ!と思ったのだ。 

より多くの人に受け取ってもらえる言葉を投げる練習。Twitterと違い、そこそこの分量が必要で、なおかつ最後まで読んでもらえる。そんな言葉を紡ぐ練習を、ここでしようと思い立ち、正月早々開設した。

 

 もういい大人。

ひと様に迷惑かけない。

 

あとね、今日がね、私が大好きな戸塚祥太くんの連載が再開したダ・ヴィンチ2月号の発売日だったっていうのもあるんだよね。日付変わっちゃったけどね。戸塚くんの話はまた今度書くね。

 

書けるときに書く。というゆるゆるスタンス。

月に1記事は最低書けたらいいなと思っています。

お休みの日や、想いを馳せてたら止まらなくなった時などはたくさん書くかもしれません。

好きなことも苦しいこともなんてない日常のことも昔のことも。

おしゃれな文章は書けないけど、受け取りやすい言葉で書けるようにがんばります。

 

ここで出逢ったのも何かのご縁。ここまで目を通していただいたこと、感謝しています。みつけてくれてありがとう。