わたしは櫻井翔くんが大好きです。

嵐が活動休止を発表してからちょうど22か月。1年と10か月。(正確には27日になったら、ではあるけども。)

あの日のことは、忘れもしない。結婚の挨拶を義理の実家にしに行った日で、まさに住んでいるところがピカ☆ンチのロケ地なこともあって、夫といろんなサイトを眺めながら、ここにタクマいるじゃん?このアングルから取ればエンディングじゃん?とかいわゆるリッチ棟ってどこなのよ?なんて話しながらお散歩してたんですよ。で、戻ってそろそろ帰るかな~なんて携帯眺めたら一報を知って。もう親戚の米持って帰るどころじゃないんですよ。別に米はスーパーで買うし。餅の残りもくれるなら貰うけどさ。とりあえず「あ、はい~~^^」って返事するのがやっとで帰りの車でずっとうなだれていた。もう全身の力が抜けた感じ。でも家に帰ったら冷静にすべてのニュース番組録画して黙って画面を見つめていた。

そんな日から22か月。

猛烈に翔くんが好きで好きでたまらないなあって、この22か月で再認識してしまって、来たる2020.12.31をどう過ごしたらいいのかっていうのが本当にわからなくなってきてしまった。「先のことなんて本人たちもきっとわかってないだろうし、というか考えられないって言ってるし、わたしも全く考えなーーい!」ってしてきたんだけどさすがに「一旦は最後のコンサート」とか言われると直視せざるを得ないし。

最近、「どうして翔くんはジャニーズに、嵐にずっと居続けてくれたんだろう?」って答えの分かるはずのないことを考える時間が多くて、もしかしたら翔くんは居続ける意味みたいなものを見出すためにずっと続けてくれていたのかもしれないなって思って。そもそも続けること自体が意味なのかもしれないとか。だって、嵐なんて続けなくたって、きっと、いわゆる民間企業に勤めて、ご友人に近しいような生活だって、絶対にできたわけだし、きっと嵐になったばかりのころはそういう未来を思い描いていたのかもしれないし、もしかしたらそっちの方がよかったのかななんて。そういえばこんなこと、コンサートの挨拶でも話してたか。まあ、ここまで嵐が大きくなっちゃったら、それはもう難しいことも容易にわかるしね。でも、きっと、嵐だからこそ、5人だからこそ、ここまで駆け抜けてくれているんだな、とは思う。

 

これをツイートした4月もなんだけど、他に入った公演でも、こないだ発売したBlu-rayの2018年版見ても同じこと思ったんだ。5×20を歌っている時の表情の、眼差しの、鋭さっていうのが印象的だった。でも、最終日公演のディスクを見たときに、柔らかい表情で歌っている翔くんがそこにはいて。それをみて涙が止まらなかった。わたしはライブビューイング観に行けなかったから。なんかよくわかんないけど、勝手に「ああ、よかったなあ」って2020年の今、思った。

コンサートの挨拶では、かなり速度を上げて走っていく、ついていけないと感じることもあるかもしれないけど、ついてきてほしい、と、ひたすらに伝えてくれる彼をみて涙が止まらなくって。リミットが決まっているから速度はあげていかないといけないし、それでもなお、誰一人置いていきたくないんだって気持ちが、苦しくってたまらなかった。休止の話は、変わらずしてないけどね。そういう一貫しているところ、筋が通っているところ、まあ頑固ともいうんだけど、翔くんらしくてとっても好き。

休止の会見を見て、Voyage見て、それ以降の言動を見て、嵐5人をつなぎとめようと一番必死になっていたのは翔くんな気がしてしまって。これは自担フィルターがあるっているのは分かっているけど。そして、それが正義だと信じている彼の中に「本当にそれでいいのか?」みたいな一面も垣間見える気がしないでもなくて。人間らしい揺らぎを感じ取ったときに、ドキっとしてしまったんだよね。「お休みしたい」という命懸けの大野くんの選択を、命懸けで守った、正義の塊の人って、そう思った。Voyage#16で大野くんが「翔くんが感情を抑えられなくなって、泣きながら”最後まで笑顔で”って言ってくれたときに堪えるのが大変だった」って話しているのを聞いて、あながちそんな深読みも、大きくは外れていないのかもしれないなって、そう思っちゃった。もちろん、5人の選択なことは分かっているし、もちろんそういう認識でいますけど。

嵐を好きになりたてのころから、翔くんと大野くんとの関係性がとっても好きで。
翔くんの顔が好きな大野くんとか、百発百中で話を落としてくれる大野くんへの翔くんの信頼の置き方とか。大野くんが休止の会見の言葉について翔くんに相談することとか、それに「兄さんの言葉でいいと思うよ。全力でフォローするから」って答えたりとか、さらにその返しに号泣しちゃう大野くんとか。大野くんのありあまる才能に出逢って25年くらい経っても新鮮に感心し続ける翔くんとか、お互いのソロコンを目の前でこそ見られなかったものの、あの二人じゃなかったら、お互いのリスペクトが詰め込まれた”俺たちのソング”って生まれなかったよな、とか。翔くんリーダーじゃんって言われても「いやいや大野さんがリーダーですよ、精神的支柱なんでしょうね」って間髪入れずに返すところとか。挙げたらキリがなくて。

翔くんにとって大野くんは、嵐の中の唯一のお兄ちゃんなんだよね、って思っちゃった。

FREESTYLE2020の出口の方に、5人が描いた大野くんの絵が飾られているコーナーがあって。その翔くんの描いた絵にわたしは涙してしまったんですよ。もう、こみ上げるものが止まらなくて。今も書きながら思い出して泣いているんですけど。今まで見た翔くんの描いた絵の中で一番で、断トツに、お世辞抜きにとっても上手で、優しい、あったかい、素敵な大野智像だったんですよ。ああ、翔くんにはこうやって大野くんのことが見えているのかなあ?って、そんな気がした。

会見みてからしばらくは泣けなくて、なんか直視したくないというか、その時はまだ自分のなかで受け止め切れてなかったのかもしれない。けど、会見後初のMステで歌った感謝カンゲキ雨嵐の翔くんの姿をみて、やっと心がほぐれて涙を流すことができたんだよね。だって翔くん、ずーーーーーーっとカメラ目線なの。ずっとわたしたちのこと見てくれてたんだよ。多分、自分が抜かれなくてもタリーずっと追ってたんだと思う。そう思わせるくらい目線外れているときなかった。と思う。(この一文を書くにあたって映像を見返そうかと思ったけど、さすがに今のメンタルでは無理でしたすみません。目線外れているときあったかも。)

聞き分けのいいオタクなんて無理だった。歌って踊る5人が大好きだ。それが見られなくなる未来なんて嫌だ。来なくていいって。そう思った。

5×20ツアーでもさあ、これでもかっていうほどファンサービスをしてくれててさ。手の振り方も今までとはまるで違ってた。5人の中で一番今までと違うなあって感じた。翔くんばっか見てるからもしかしたら他の4人も違っていたのかもしれないけど。でも、その、あからさまに違うことがとっても嬉しかった。わたしたちと同じく、嵐のみんなもこの空間、この瞬間を紡いていくことに必死なんだって、そう思えたから。「いつもそうしろよ」とはわたしは思わなかったよ。それが今を共有する、コンサートだと思うから。

コンサートいえば、アラフェスのT.A.B.O.O.がとにかくかっこよくて見惚れてしまって。しかも脱いだことが自分の中では衝撃的で。まだ深読み発動して、はだけることも彼なりに惜しみなく披露してくれるための演出だったのかなあ?とかね。普段脱ぐことを求めていないわたしもびっくりして「えっちだ…」と思考停止した。ようやく国立でコンサートをできることに対するメンバーの喜びをそのあとに見たVoyageで知って。わたしの想像以上だったから、国立コンサート開催に対する想いが。翔くんも脱いで余りある興奮だったんだろうか、とか変なこと考えてしまいました。

本当にこの2020年にARASHI’s Diary -Voyage-があってよかった。NETFLIXさん本当にありがとうございます。密着スタート時に休止のことを知っていたのかどうかは全く知りえないけど(密着自体はかなり前からしていたようだったから)、こうやって気持ちを知ることが出来る、本人の言葉・ニュアンスで受け取れるってすごいことだから。なんか、普段の姿、それこそ煙草を吸いながら仕事やお話をしている姿なんてみることなんて、いままで絶対に叶わなかったから。不自然じゃない姿ではなく、自然の姿を見られる貴重なコンテンツだと思っています。本当にありがとう。

ツアー最終日から間もないとき、翔くんがうちわの内容について触れて「悲しくなるほど嬉しいよね」って少し言葉を詰まらせながら語っていたり(#14)、「活動休止ということがなかったらできなかった内容かもしれないし」(#14)って率直に話していたり。「北京やりたかったな、くっそ~」という悔しい気持ちとか(#15)、国立の開催の判断をアーティスト側に委ねられたときに「やりたい、国立やりたいなあ~」ってひたすらに話していたり(#17)。国立の話は自分でも驚いてはいたけど、本当に真っすぐで正直でちょっと面倒くさい、とっても人間くさくて大好きな翔くんだなって、Voyageを毎回見るたびに思うんだよね。


わたしは、翔くんに救われた人生だったから。
大袈裟じゃなく、本当にそうだと思ってる。翔くんは、「人は人自分は自分」だったり、行動をすることで道を切り拓いていける、むしろ行動をし続けることでしか切り拓けないんだってことを体現してくれた人だから。だからわたしもどん底から這い上がることが出来たし、今でも嵐のことを応援し続けられている。今でも、当時の楽曲を聞くと涙が止まらなくて、完全に消化を仕切れたわけじゃないし、周りと比べてくじけそうになることはいくらでもあるけど、ちゃんと自分の力で立って、前に進めるくらいには、なれたから。本当に感謝しています。これは、エゴなのはわかってるんだけど、どうにかして本人に伝えられないかなって5年くらいずっと思っているんだよね。無理なのも分かってるけど。(笑)

cbkcbkcbk.hatenablog.com


このやりたいことが思うように出来ないこの時勢で「みんなに見せられなかった景色が山ほど残っちゃったから、(解散ではなく)活動休止っていう選択をしてよかったかなとは思ってる。今年かなえられなかった夢の数々を、いつか取りに行こうと思ってるけどね、今は」(#15)って、真っすぐな目で話してくれる翔くんを観て、まだその先のことは考えずに、今を、この瞬間を全力で楽しもうと思います。楽しんだもん勝ちだよね。

 

気持ちを吐き出して、だんだん落ち着いてきたからこの辺にします。最後まで読んでくださったかた、わたしの長い独り言にお付き合いくださりありがとうございます。

 

 みんなも、自分の好きを大事にして、かけがえのない時を噛みしめてほしいです。時間は有限だから。